棚卸金額は同じでも価値は正反対──電材卸の在庫は「年齢」で見られる
電材卸の会社を譲渡するとき、買い手が最初に聞くのは売上でも利益でもありません。
「その在庫、動いていますか」
これです。
棚卸金額は、価値を表していない
貸借対照表に「商品 8,000万円」と書いてあったとします。この8,000万円が何を意味するかは、中身次第でまったく変わります。
| A社 | B社 | |
|---|---|---|
| 棚卸金額 | 8,000万円 | 8,000万円 |
| 中身 | 定番のケーブル・配線器具が中心。年8回転 | 過去の特注品・廃番品が半分。年2回転 |
| 買い手の評価 | 明日から売れる商品。純資産以上に評価されうる | 実質的に価値なし。評価損として値引き要因 |
同じ金額でも、評価は正反対です。
これは電材卸に限った話ではありませんが、電材は品種が極端に多いぶん、この差が大きく出ます。 型番違い、色違い、長さ違いが無数にあり、一度使われなくなった規格は二度と動きません。
買い手が見る4つの切り口
1. 在庫年齢(何年動いていないか)
最も重要な指標です。2年以上出荷実績がない在庫が棚卸資産の何割を占めるか。
ここが3割を超えると、買い手はかなり慎重になります。
2. 定番品の回転率
主力商材が年に何回転しているか。回転が速いということは、少ない運転資金で商売が回っているということです。買い手にとっては、買収後に追加の運転資金を入れなくて済むという意味になります。
3. 廃番・規格変更のリスク
メーカーが生産終了した商品、法改正で使えなくなった規格。これらは在庫としては存在していても、売れる見込みがありません。
4. 預かり品と所有権
得意先からの預かり品、メーカーからの委託在庫。これらは自社の資産ではありません。所有権の所在が曖昧なまま帳簿に載っていると、デューデリジェンスで必ず論点になります。
「在庫が多い=マイナス」ではない
ここを誤解されている方が多いのですが、在庫が多いこと自体は悪ではありません。
電材卸の競争力は、「必要なときに、すぐ出せる」ことにあります。翌朝の現場に間に合わせられるかどうかで、工事店は仕入先を選びます。そのための在庫は、事業の供給力そのものです。
供給力としての在庫と、売れ残っただけの在庫が、帳簿では同じ「商品」の行に並んでいる。
譲渡前にやっておくべきこと
品種別の在庫年齢表を作る
完璧なシステムは要りません。主要品種について、直近1年の出荷実績と現在庫を突き合わせるだけでも、動いていないものは見えます。エクセルで十分です。
買い手に聞かれて「分かりません」と答えないこと。この一言で、在庫全体が疑われます。
長期滞留品は、譲渡前に処分するか切り離す
処分損が出るので抵抗があるかもしれません。しかし、譲渡交渉の場で買い手から指摘されて値引きされるより、先に整理しておくほうが結果的に有利になることが多いのです。
処分が難しい場合は、譲渡対象から切り離す設計もあります。
「回っている在庫」を証明できる資料を用意する
回転率、出荷頻度の上位品目、緊急出荷への対応実績。これらは在庫が供給力であることの証明になります。
在庫より価値が高いもの
正直に申し上げると、電材卸のM&Aで在庫より重視されるものがあります。
メーカーの特約店口座です。
主要メーカーとの取引口座は、新規に開設しようとしても簡単には開きません。
何十年もかけて積み上げた掛率・支払サイト・リベートは、買い手にとって「金では買えないもの」です。
そして重要な点があります。株式譲渡であれば口座は原則そのまま維持されますが、事業譲渡だと買い手側で開設し直すのが通例です。 ここを見落としたまま事業譲渡を選ぶと、譲渡後に仕入条件が悪化して事業計画が崩れます。
詳しくは電材卸・電設資材商社のページに整理しています。
卸売業の社長は、建設業より高齢
背景として、ひとつ数字を挙げておきます。
帝国データバンクの2025年調査によると、卸売業の社長平均年齢は61.5歳で、建設業の60.5歳を上回っています。全業種平均は60.8歳です。
電材卸は「全国区の企業が少なく、地域単位での競争が中心の多数乱戦業界」と言われます。地域ごとに、高齢の社長が率いる会社が数多くある構造です。
承継の波は、工事会社より卸のほうが先に来ているのかもしれません。
在庫の話は、在庫を持っている相手にしてください
私たちは1950年から電設資材を扱ってきました。自分の会社の棚に何が積んであって、どれが動いてどれが死んでいるかを、毎日見ています。
だから、品種と型番のレベルで話ができます。決算書の「商品 8,000万円」という一行だけを見て評価する相手とは、そこが違うと思っています。
参照した一次資料
よくあるご質問
在庫を減らしてから売ったほうがいいですか。
在庫年齢を出すシステムがありません。
預かり品や委託在庫はどう扱われますか。
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)