1億円で売れました。手元にいくら残りますか
この記事で崩す思い込み 「売却価格が、そのまま手元に入る」
第1回で計算した電気工事会社が、1億円で売れました。社長はひとりで全株を持っています。(考えるための例題で、実在の会社ではありません)
- 譲渡価額
- 1億円
- 株主
- 社長ひとり(100%)
- 設立時の出資
- 300万円(社長が全額)
- 仲介手数料
- 500万円
- 社長の勤続
- 35年
- 受け取り方
- 全額を株式の代金として
社長の手元には、いくら残りますか。
この問いに、多くの方が「1億円」と答えます。あるいは「税金が引かれるのは分かるが、いくらかは分からない」と答えます。
後者が正しい感覚です。そして、その「いくらか」は、契約に署名する前に知っておくべき数字です。申告の時期に知っても、もう設計は変えられないからです。
この記事を読み終わると、この問題に自分で答えられるようになります。9分ほどです。
この記事は、税額の計算の順番を知っていただくためのものです。個別の税額の判断は税理士の業務なので、実額は必ず顧問税理士にご確認ください。当社は税務代理を行いません。数字はすべて国税庁の公表資料に基づいており、出典は記事末尾に並べています。
譲渡価額と手取りは、別のものです
いちばん大きな誤解から外します。
1億円で売れることと、1億円が手元に入ることは、別のことです。
株式を譲渡して代金を受け取ると、その利益に税金がかかります。会社の税金ではなく、社長個人の税金です。会社を売った年に、社長個人が確定申告をすることになります。
引かれるものは2つです。仲介手数料と、税金。順番に見ていきます。
税率は、所得の大きさで変わりません
給与や事業の所得は、金額が大きくなるほど税率が上がります(累進課税)。株式の譲渡所得は、そうではありません。
株式等の譲渡所得は、ほかの所得と切り離して計算します(申告分離課税)。税率は次のとおりです。
国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」。復興特別所得税は平成25年から令和19年までの各年分に課されます。非上場株式は「一般株式等」に区分され、上場株式等の損失との通算は原則としてできません。
1億円でも3億円でも、率は同じ20.315%です。これは覚えやすい代わりに、金額が大きいほど、引かれる額も比例して大きくなるということでもあります。
20.315%は、1億円にかかるのではありません
ここを取り違える方が多いところです。
税率がかかるのは譲渡価額そのものではなく、譲渡所得です。計算式はこうなっています。
譲渡所得等の金額 = 総収入金額 −(取得費 + 委託手数料等)
「取得費」は、その株式を手に入れるのにかかった金額です。自分で会社を作った社長なら、設立時に払い込んだ出資金がこれにあたります。例題では300万円。
「委託手数料等」には、譲渡のために直接かかった費用が含まれます。仲介手数料はここに入ります。例題では500万円。
つまり1億円のうち、この800万円分には税金がかかりません。残る9,200万円が課税の対象です。
取得費が分からない場合
創業が古いと、当時の出資額を示す資料が残っていないことがあります。その場合は、譲渡収入金額の5%を取得費とみなす方法があります(概算取得費の特例)。
実額と併用はできません。どちらか一方を選びます。1億円なら5%は500万円なので、実際の出資が300万円しかないなら、概算のほうが有利になります。
古い会社ほど、ここで差が出ます。決算書の資本金の額と、社長が実際に払い込んだ額が一致しているとは限らないので、まず確認する価値があります。
株主が複数いると、計算は人数分に分かれます
例題は社長がひとりで100%持っている前提でした。実際には、そうでない会社のほうが多いかもしれません。
譲渡所得は個人ごとに計算します。会社としてまとめて課税されるのではありません。だから、持株比率と、それぞれの取得費によって、ひとりずつ手取りが変わります。
ここで効いてくるのが、その株をどうやって手に入れたかです。
相続や贈与で受け取った株式の取得費は、亡くなった方や贈った方の取得費をそのまま引き継ぎます。
二代目・三代目の社長に、これがよく当てはまります。自分は1円も払っていないのに、先代が払った出資額が取得費になる。逆に言えば、先代が昭和のころに払い込んだ額のままなので、たいてい非常に小さいということでもあります。取得費が小さいほど、課税される譲渡所得は大きくなります。
同じ銘柄を何度かに分けて取得している場合は、総平均法に準ずる方法で1単位あたりの価額を出します。増資を重ねてきた会社では、ここの整理に時間がかかることがあります。
株主が3人以上いる会社では、誰がいくら受け取るかの話より先に、それぞれの取得費がいくらなのかを並べたほうが早い、というのが実務の感覚です。
仲介手数料は、二重に効きます
手数料は、単純に手元から出ていくだけではありません。
手数料は、支払った分だけ手元が減り、同時に課税所得も減らす。
500万円払えば、手元から500万円減ります。同時に譲渡所得が500万円小さくなるので、税金が約102万円減ります。差し引きの負担は約398万円です。
ただし、これは「手数料が高いほうが得」という話ではまったくありません。戻ってくるのは払った額の約2割だけで、残りの約8割は純粋な持ち出しです。
同じ1億円の会社で、手数料だけを変えて並べます。
手数料の差は1,500万円ですが、税が約305万円減るぶん、手取りの差は約1,195万円に縮みます。それでも1,195万円です。
2,000万円という額は極端な設定ではありません。大手仲介の最低成功報酬は2,000万〜2,500万円が中心です(各社の公式サイトおよび中小企業庁のM&A支援機関登録制度で公表されている手数料体系による。2026年時点)。譲渡価額1億円の会社なら、レーマン方式の計算値ではなく、この最低額のほうが適用されます。
手数料は、会社の値段ではなく、社長の手取りから引かれる。
そして、同じ「5%」でも支払額が倍変わることがあります。レーマン方式の基準——株式価額なのか移動総資産なのか——が会社ごとに違うからです。借入3億円を抱えた会社なら、基準の違いだけで手数料が500万円と2,000万円に分かれます。上の表の2行は、実は「同じ料率の、基準違いの2社」でもあります。
当社の手数料は全額を開示しています。最低成功報酬は売り手・買い手とも300万円、基準は株式価額です。
では、解いてみましょう
最初の問題に戻ります。数字は変えていません。
- 譲渡価額
- 1億円
- 株主
- 社長ひとり(100%)
- 設立時の出資
- 300万円(社長が全額)
- 仲介手数料
- 500万円
- 社長の勤続
- 35年
- 受け取り方
- 全額を株式の代金として
社長の手元には、いくら残りますか。
自分で計算してから開く
まず課税の対象を出します。
ここに20.315%を掛けます。
概算です。ほかの所得の有無、株主構成、取得費の実額によって変わります。個別の税額は必ず顧問税理士にご確認ください。
1億円のうち、約2,370万円が手元に残りません。 内訳は税金1,869万円と手数料500万円です。
この数字を知らないまま「1億円で売れる」と考えていると、譲渡が終わったあとで計画が狂います。退職後の生活設計、次の事業への出資、相続の準備——どれも手取りベースで組まないと成り立ちません。
条件をひとつだけ変えると、こうなります
ここからが、いちばん大事なところです。
1億円のうち3,000万円を、株式の代金ではなく役員退職慰労金として受け取る場合。 ほかの条件はすべて同じです。買い手が払う総額も1億円のままです。
なぜ変わるかというと、退職金には別の計算式があるからです。
国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき」。勤続20年超の控除額は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」です。
長く勤めた人ほど控除が大きくなり、そのうえ残った分を半分にしてから課税します。3,000万円を受け取っても、課税されるのは575万円です。
全体を並べ直すと、こうなります。
退職所得575万円に所得税の速算表(国税庁 No.2260)を当てはめ、復興特別所得税と住民税を加えた概算です。
買い手が払う総額は同じ1億円。受け取り方を変えただけで、手取りが約478万円動きます。
決算書の数字は1円も変わっていません。会社の中身も同じです。変えたのは、1億円をどの名目で受け取るかだけです。
ただし、条件があります。
- 役員としての勤続年数が5年以下の場合、1/2の計算は使えません(特定役員退職手当等)。最近になって役員に就いた方は当てはまらないことがあります
- 不相当に高額な部分は、会社側で損金に算入できません。買い手にとっては税負担が増えるので、総額の配分は交渉ごとになります
- 金額の妥当性の判断は税理士の領域です。当社が単独で決めることはありません
この設計は、税理士と組まないとできません。逆に言えば、税理士に入ってもらう時期を間違えると、この選択肢は消えます。
手取りは、契約の前にしか動かせません
もう仕組みは分かっています。
譲渡価額から取得費と手数料を引き、残りに20.315%。受け取り方を分ければ、その一部に別の計算式が使える。この順番さえ持っていれば、提示された条件を自分で検算できます。
ひとつだけ、時期の話をします。ここまでの設計は、すべて最終契約に署名する前に決まります。総額をどう配分するかは契約書に書く事項なので、署名したあとで「やはり退職金にしたい」とは言えません。第5回で見た⑥の段階に入る前に、税理士に一度並べてもらう必要があります。
軽いものから並べます。
- 企業価値の目安を診断する — まず譲渡価額の目安を出します。手取りはそこからの引き算なので、順番はこちらが先です。入力内容は送信されません
- 承継準備チェックリスト — 「退任予定の役員報酬と節税目的の費用を分けて把握している」など、税理士に相談する前に自分で確認できる項目を並べています
- 顧問税理士に、設立時の出資額の資料が残っているか聞く — 当社に相談する前で結構です。取得費が確認できるかどうかで、話の精度が変わります
- 相談する — 「うちの場合、退職金の設計は使えるのか」の確認だけでも結構です。金額の判断は税理士と一緒に行います
あわせて読むなら、手数料の全額開示とレーマン方式は基準を見るを。値段そのものの決まり方はこの会社、いくらで売れると思いますか、借入がある場合の受け取り額は借入5,000万円の会社は、売れますに書きました。
参照した一次資料
- 国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)
- 国税庁 No.1464 譲渡した株式等の取得費
- 国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
- 国税庁 No.2260 所得税の税率
- 国税庁 確定申告書等作成コーナー 取得費がわからないとき(概算取得費の特例)
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン
記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。
この記事について、よくいただく質問
税額の計算は自分でやるものですか。
株主が自分ひとりではない場合はどうなりますか。
役員退職慰労金はいくらでも出せるのですか。
この記事の金額をそのまま自社に当てはめられますか。
2026年7月26日/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)