この会社、いくらで売れると思いますか
この記事で崩す思い込み 「小さい会社に値段なんてつかない」
関東で電気工事を営む会社です。社長は70歳。
- 年商
- 3億円
- 営業利益
- 600万円
- 純資産
- 4,000万円
- 社長の役員報酬
- 1,800万円(年)
- 経営者保険の保険料
- 400万円(年)
- 第一種電気工事士
- 2名
- 元請比率
- 約4割
- 建設業許可の
経営業務の管理責任者 - 社長のみ
この会社は、いくらだと思いますか。
分からないと思います。それでいいです。
この問題、実は営業利益600万円という数字を見た瞬間に判断してはいけないようにできています。そして最後の一行——「経営業務の管理責任者は社長のみ」——が、価格に数千万円単位で効いてきます。
この記事を最後まで読むと、同じ問題が解けるようになります。8分ほどです。
「うちみたいな会社に値段なんてつかない」は、たいてい外れている
ご相談で最も多いのがこの言葉です。
理由もはっきりしています。年商3億円で営業利益が600万円。利益率2%。これを見て「うちは儲かっていない」と判断される。当然の感覚だと思います。
ただ、買い手はこの600万円を見ていません。
中小企業の決算書は、税金を抑えるように作られている。だから表面の利益は、その会社の実力より小さく出る。
社長の役員報酬を高めに設定する。経営者保険に入る。社用車を持つ。どれも合法で、まっとうな経営判断です。そして買い手はそれを知っているので、買ったあとに戻ってくる分を計算し直します。
買い手が最初にやるのは、利益の「引き直し」
この会社の場合、こうなります。
社長が退任すれば役員報酬は不要になり、保険も買い手には必要ない。だから買い手にとっては、この2,800万円が「毎年出る利益」に見える。
600万円の会社ではなく、2,800万円の会社だった。
表面の営業利益ではなく、社長が抜けたあとに残る利益で評価される。ここを整理していないだけで、実力より安く見積もられます。
なお、これは数字をよく見せる操作ではありません。役員報酬をいくらに設定していたかは決算書と申告書から分かりますし、保険契約も確認されます。根拠が示せる範囲でしか足し戻せません。
値段は「純資産 + 利益 × 年数」で置く
中小企業のM&Aでは、年買法(ねんばいほう)と呼ばれる考え方がよく使われます。
考え方は単純です。
純資産は、いま会社にある正味の財産。これは買った瞬間に手に入ります。
実質的な営業利益 × 年数は、営業権(のれん)と呼ばれる部分です。この会社が今後も利益を出し続けるだろう、という期待に対する値段。何年分を見込むかで金額が変わります。
年数はおおむね2〜5年。ここが交渉の中心になります。
値段は「いま持っている財産」+「これから稼ぐだろう分」で置く。交渉で動くのは、ほぼ後者の年数です。
年数を動かすのは、決算書に出てこないもの
ではこの年数、何で決まるのか。
利益の大きさではありません。その利益が、社長がいなくなっても続くかどうかです。
| 年数が伸びる | 年数が縮む |
|---|---|
| 有資格者が複数いる | 資格者が社長だけ |
| 元請の比率が高い | 下請の次数が深い |
| 保守・点検の継続契約がある | 単発工事ばかり |
| 案件別の原価が出せる | どんぶり勘定 |
| 社長が一定期間残れる | すぐ引退したい |
| 社長がいなくても回る | 主要取引は社長が対応 |
電気工事士は採用市場にほとんど出てきません。だから買い手にとって、有資格者のいる会社を買うことは採用の代替手段になっています。人が採れないから買う。これが、いまこの業界でM&Aが増えている最大の理由です。
例題の会社は、第一種電気工事士が2名、元請比率4割。悪くありません。
年数を決めるのは利益の大きさではなく、社長が抜けたあとも同じ利益が出るか。
ここからが本題です。許可の話
そして、最後の一行。
建設業許可の経営業務の管理責任者は、社長のみ
これが、この問題のいちばん大事なところです。
建設業許可を維持するには、「経営業務の管理責任者」の要件を満たす人が会社にいなければなりません。役員等としての経営経験がある人のことです。
この要件を社長しか満たしていない会社は、決して珍しくありません。むしろ小規模な会社では普通です。
問題は、社長が退任した瞬間に起きます。
要件を満たす人がいなくなれば、許可は維持できない。許可がなければ、500万円以上の工事を請けられない。
買い手から見ると、こうなります。会社は買った。職人も来た。有資格者もいる。しかし工事が請けられない。
これでは買う意味がありません。
これは社長の落ち度ではありません
念のため書いておきます。
建設業許可の制度は、経営業務の管理責任者が1人しかいない規模の会社を、そもそも想定して作られていません。だから、社長が抜けた瞬間に成り立たなくなる。
制度と会社の規模のあいだにある溝であって、準備を怠ったという話ではありません。
ただ、対策には時間がかかります。
- 社長に一定期間(1〜2年)役員として残っていただく
- 要件を満たす人材を、承継の前に確保する
前者は契約で設計できますが、「すぐ引退したい」という希望とは両立しません。後者は年数がかかります。
だから、この項目だけは売ると決める前に動かすものです。決めてから着手すると、上の1〜2年がそのまま後ろにずれます。
同じことが、電気工事業法の主任電気工事士にも当てはまります。社長本人が選任されている場合、退任時に登録の要件を欠きます。詳しくは社長が引退すると建設業許可が消える会社があるに書きました。
では、解いてみましょう
最初の問題に戻ります。数字は変えていません。
- 年商
- 3億円
- 営業利益
- 600万円
- 純資産
- 4,000万円
- 社長の役員報酬
- 1,800万円(年)
- 経営者保険の保険料
- 400万円(年)
- 第一種電気工事士
- 2名
- 元請比率
- 約4割
- 建設業許可の
経営業務の管理責任者 - 社長のみ
この会社は、いくらだと思いますか。
自分で計算してから開く
まず利益を引き直します。
次に年数を決めます。基準を3年として、
- 第一種電気工事士が2名 … +
- 元請比率4割 … +
- 経営業務の管理責任者が社長のみ … −−
- 社長は来年引退希望 … −
許可の問題が重いので、この会社は2年前後に落ち着きます。
営業利益600万円の会社が、1億円前後。これが「表面の利益で判断してはいけない」という意味です。
条件をひとつだけ変えると、こうなります
ここからが、いちばんお伝えしたいところです。
経営業務の管理責任者が、社長以外にもう1人いた場合。 ほかの数字はすべて同じです。
数字はこの記事の前提に基づく試算です。実際の評価は買い手によって動きます。
役員が1人いるかどうかで、3,000万円前後動く。決算書には、どこにも表れない差です。
そして、この差はあとから埋められません。 経営経験の年数は、買い手が現れてから作れるものではないからです。
あとは、自社の数字を入れるだけです
もう仕組みは分かっています。
計算してみて「思ったより高い」と感じる方も、「これなら続けたほうがいい」と感じる方もいます。どちらも正しい結論です。 私たちがご相談を受けて「今は続けたほうがいい」とお伝えすることもあります。
ただ、どちらを選ぶにしても、自分の会社がいくらなのかを知らないまま決めるのは、もったいない。
ここまで読んで「うちは借入があるから、この計算は当てはまらない」と思われた方は、借入5,000万円の会社は、売れますを先に読んでください。純資産がマイナスの会社でも値段がつく理屈を、同じやり方で最後まで追いかけています。「そもそも誰が買うのか」が引っかかる方は、この会社を欲しがる会社は、いると思いますかへ。
軽いものから並べます。
- 企業価値の目安を診断する — この記事と同じ計算を、業種ごとの項目まで含めて行います。入力内容は送信されません。お名前も連絡先も不要です
- 承継準備チェックリスト — 経営業務の管理責任者を含む21項目。印刷して社内でお使いいただけます
- 相談する — 「うちの管理責任者はどうなっているか」の確認だけでも結構です
あわせて読むなら、電気工事会社の事業承継とM&Aと手数料の全額開示を。売る以外の道も含めて数えたい方はこの会社に残された道は、いくつあると思いますかを。
参照した一次資料
記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。
この記事について、よくいただく質問
この計算方法は、どこでも使われているものですか。
計算した金額で必ず売れるのですか。
赤字でも計算できますか。
2026年7月26日/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)