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この会社を欲しがる会社は、いると思いますか

この記事で崩す思い込み 「うちみたいな会社を欲しがる人などいない」

まず、この問題を見てください

地方都市で電気工事を営む会社です。社長は68歳。

年商
1.2億円
営業利益
50万円(ほぼトントン)
職人
5名(社長を除く)
第一種電気工事士
2名(いずれも60代)
主な仕事
工場・ビルの
電気設備の改修と保守
独自の技術・特許
なし

この会社を欲しがる会社は、いると思いますか。いるとしたら、なぜでしょうか。

分からないと思います。それでいいです。

この問題は、営業利益50万円という数字から考え始めると、必ず外れるようにできています。買い手はこの行を見ていません。見ているのは、その3行下です。

この記事を最後まで読むと、同じ問題が解けるようになります。9分ほどです。

「うちを欲しがる会社などいない」は、決算書の見方から来ている

ご相談で、値段の話より先に出てくるのがこの言葉です。

「うちには特別な技術があるわけじゃない」「大きな元請を持っているわけでもない」「儲かってもいない」。だから欲しがる人などいない、と。

まっとうな自己認識だと思います。ただ、この判断は損益計算書を上から下に読んだ結果です。買い手は、そこを読んでいません。

実際に何が起きているかを、まず数字で見ます。国が運営する事業承継・引継ぎ支援センターの令和6年度の第三者承継(M&A)成約は2,132件で過去最高でした。そのうち売上1億円以下の企業が68.0%。業種別では建設業が12.2%を占めます。

小さい会社が引き継がれなかったのではありません。小さい会社が、いちばん多く引き継がれています。

値段がつくかどうかと、儲かっているかどうかは、別の問いです。買い手が何を欲しがっているかを知らないまま、自社を評価している状態が続いています。

では買い手は何を見ているのか。ここから先が、この記事の本題です。

買い手が探しているのは、利益の出る会社ではありません。募集をかけても来ない人が、すでに座っている会社です。

人は、募集しても来ない

これは採用の巧拙の話ではありません。母数の話です。

建設業就業者のうち55歳以上36.7%
建設業就業者のうち29歳以下11.7%
(参考)全産業の55歳以上/29歳以下32.4%/16.9%

国土交通省「建設業を巡る現状と課題」(2024年)。高齢層の比率は全産業より高く、若手の比率は低い。

就業者の3人に1人以上が55歳以上で、29歳以下は10人に1人程度。この構成の業界で「若手を5人採る」と決めても、採用条件を良くすれば解決するという話にはなりません。そもそも市場にいないからです。

そして、人がいないことは会社を倒します。2025年の人手不足倒産は427件で3年連続の過去最多、うち建設業が113件で初めて100件を超えました

受注が取れずに倒れたのではありません。仕事はあるのに、こなす人がいなくて倒れている。この業界では、制約が需要側から供給側に移っています。

人手不足は、コストの問題から存続の問題に変わりました。だから買い手にとって、人の確保は投資ではなく防衛です。

第一種電気工事士は、これから足りなくなる

職人の頭数だけの話でもありません。

経済産業省の電気保安人材に関する検討会の資料では、第一種電気工事士が2045年に約2.4万人不足する見通しが示されています。第二種の不足見通しは約0.3万人ですから、足りないのは第一種に集中しています。この推計の初出は2017年なので、そのままの前提が現在も続くとは限りませんが、不足の方向と規模感を示した公的な資料はこれです。

なぜ第一種だけが足りないのか。第一種は高圧の設備を扱える資格で、試験に受かっただけでは免状が出ず、実務経験が必要になります。つまりお金を積んでも、来年には増やせない

ここが、買い手の行動を決めています。

買い手の思い込み(社外から見た印象)買い手が実際に困っていること
会社を買うのは事業を広げるため現場に出せる人が足りず、受注を断っている
利益の出ている会社を探している人と資格が揃っている会社を探している
技術や特許に価値を置く明日から現場が回ることに価値を置く
採用でまかなえるなら採用する採用で第一種の有資格者が採れない

仕事のほうは、増える

人が減る一方で、需要は増えます。

IDC Japanの予測では、国内のデータセンター建設投資は2024年の約4,000億円から、2028年には1兆円を超えるとされています。生成AI向けの計算設備が増えれば、受変電設備も配電盤も、それを据え付けて結線する人も必要になります。

実際に、電気設備工事の大手5社のうち4社が2026年3月期に増収増益でした。

儲かっているのに人がいない。この2本の線が交差するところに、買い手が立っています。

上場企業も、同じ理由で買っている

規模を上げると、この構造がはっきり見えます。以下はいずれも公表されている情報で、当社が関与した案件ではありません。

大和ハウス工業は2025年10月、住友電設を約2,920億円でTOB(株式公開買付け)すると発表しました。同社にとって過去最大の買収です。内訳はTOB約1,700億円と自己株取得約1,220億円、買付価格は1株9,760円。狙いは、データセンターや半導体工場の建設需要に対する施工力の垂直統合と報じられています。

きんでんは2026年5月25日、弘電社へのTOBを発表しました。買付価格は1株11,501円。弘電社は電気工事に加えて、汎用電気機器・産業用電気電子機器・冷熱住設機器の商品販売事業を持つ会社です。

電材商社の側でも同じことが起きています。因幡電機産業は、東光電機産業(2001年)、春日電機(2009年に事業譲受)、パトライト(2013年)、山根電業社(2021年7月)と買収を重ねてきました。

2,920億円を払ってでも施工力を確保する会社があります。同じ論理が、職人5名の会社にも働いています。

規模はまったく違いますが、動機は同じです。自前で育てるには時間が足りない。だから、すでに動いている組織ごと引き受ける。

買い手は同業だけではない

「買い手」と聞いて、多くの方が近隣の同業を思い浮かべます。実際には、性格の違う相手が5種類います。5種類のどれが来るかで、第1回で見た「年数」も動きます。

1. 同業の電気工事会社 隣接エリアの人と許可がそのまま戦力になります。いちばん話が早い代わりに、相手も中小なので資金力に上限があります。

2. 電力系・大手のサブコン 施工力とエリアの補完が目的。従業員の処遇や労務管理の水準は高くなりやすい一方、社風の差は大きくなります。

3. 異業種の大手(ゼネコン、不動産、設備) 外注していた工程を内製化したい、という動機です。大和ハウスの例がこの型にあたります。

4. 電材商社 モノを売るだけでは差がつかなくなり、川下の工事や盤の製造へ出ていく流れがあります。全日本電設資材卸業協同組合連合会の会員は733社、合計年商は2.7兆円。ここが動くと買い手の層が一段厚くなります。

5. 投資ファンド 小さな会社を複数まとめて一つの規模にする狙い。経営体制の整備を求められますが、屋号や従業員が維持されやすい設計を選べる場合もあります。

そして重要なのは、この5つが業種の境界をまたいで重なることです。

配電盤メーカーを電材商社が買うことがあります。電気工事会社が電気通信工事会社を買うこともあります。建設業許可の業者数を見ると、電気工事業は65,497業者、電気通信工事業は16,523業者で、後者は平成12年比で52.3%増えています。伸びている領域へ、隣の業種から人が入ってくる。

「うちを買うなら、あの同業くらいしかいない」は、たいてい外れる。

自社の業種の中だけで買い手を数えると、母数を実際より小さく見積もることになります。業種ごとの買い手の顔ぶれは配電盤・制御盤製造電材卸・電設資材商社にも書きました。いま買い手が何を探しているかは買い手のニーズにまとめています。

買い手が本当に見ているのは、決算書ではなく人です

ここまでは良い話です。ここから先は、そうでもありません。

買い手が買っているのが人なら、話は逆にも効きます。

その人がいなくなった瞬間に、買う理由も消える。「欲しがる会社がいる」は、無条件ではありません。

買い手が実際に確認するのは、だいたいこの3点です。

  • 職人が譲渡後も残るか。年齢構成はどうなっているか
  • 資格者が社長本人だけになっていないか
  • 仕事が会社に来ているのか、社長個人に来ているのか

3つ目が、いちばん厄介です。

小さい会社では、社長がいちばん現場を知り、いちばん動ける。だから見積も、元請との折衝も、職人の手配も、自然と社長に集まります。これは属人化という失敗ではなく、その規模でいちばん合理的だった形です。 5人の会社で権限を分散させるほうが、むしろ不自然でした。

ただ、買い手から見ると同じものが「社長が抜けたら取引が続かないかもしれない会社」に見えます。同じ事実が、立ち位置によって逆の意味を持つ。

そして資格と許可については、いなくなってから埋めるのに時間がかかります。建設業許可の経営業務の管理責任者、電気工事業法の主任電気工事士。どちらも社長本人が担っていることが多く、退任すると要件を欠きます。これは社長が引退すると建設業許可が消える会社があるに詳しく書きました。値段への効き方は第1回で計算しています。

では、答え合わせをします

最初の問題に戻ります。数字は変えていません。

最初の問題を、もう一度
年商
1.2億円
営業利益
50万円(ほぼトントン)
職人
5名(社長を除く)
第一種電気工事士
2名(いずれも60代)
主な仕事
工場・ビルの
電気設備の改修と保守
独自の技術・特許
なし

この会社を欲しがる会社は、いると思いますか。いるとしたら、なぜでしょうか。

自分で考えてから開く

います。ただし、営業利益50万円を欲しがっているのではありません。

買い手が見ているのは、この2行です。

職人5名
第一種電気工事士2名

この2行は決算書のどこにも金額として載らない。だが買い手にとっては、ここだけが調達不可能な項目にあたる。

この5名を、買わずに自前で揃えるとどうなるかを考えます。

採用市場に人がいません。 建設業就業者の55歳以上は36.7%、29歳以下は11.7%。若手の母数が全産業より薄い業界で、5名を集めるのは条件の問題ではありません。

第一種はさらに採れません。 2045年に約2.4万人不足する見通し(2017年の推計)で、免状には実務経験が要ります。採用でも研修でも、来年には増えない。

採れないと会社が倒れます。 2025年の人手不足倒産は建設業だけで113件、初の100件超。人が足りないことは、いまや業績以前の存続要件です。

それでも仕事は増えます。 データセンター建設投資は2024年の約4,000億円から2028年に1兆円超の予測。大手5社のうち4社が2026年3月期に増収増益。

つまり買い手にとっての選択肢は、「この会社を買う」対「5人を採用する」ではありません。「この会社を買う」対「5人を採用できない」です。

営業利益がトントンでも、この5名が明日から現場に立てることには値段がつきます。上場企業が2,920億円を払って施工力を垂直統合しているのと、動機は同じです。

条件をひとつだけ変えると、買い手の顔ぶれが変わる

ここが、いちばんお伝えしたいところです。

第一種電気工事士2名のうち、1名が32歳だった場合。 ほかの数字はすべて同じです。

年商も、営業利益50万円も、職人5名も動きません。動くのは、買い手の側の見え方です。

  • 60代2名の場合、買い手は「数年後に自分でもう一度この問題を解く」ことになります。買った時点で不足の時計が動いている
  • 1名が32歳なら、その時計が20年以上先に伸びます

同じ会社です。決算書の数字は1円も違いません。それでも、打診できる相手の数と、相手の本気度が変わります。

そして逆向きにも効きます。2名のうち1名が来年退職を考えている、という状態は、いま話をするかどうかで結果が変わる数少ない項目です。

価格が変わる前に、まず買い手の数が変わる。

人の年齢構成は、決算書に出ないまま自社の選択肢の幅を決めています。

欲しがられることと、売ることは別です

買い手がいると分かったからといって、売る理由にはなりません。

むしろ、この記事に書いた構造は、続ける側にとっても有利です。人と資格が揃っている会社は、これから人がいない業界で仕事を選べる側に回ります。単価を上げられる可能性もある。売らずに、若手を1人採る判断のほうが正しいこともあります。

私たちがご相談を受けて「今は続けたほうがいい」とお伝えすることもあります。それも同じ重さの結論です。

ただ、自社を欲しがる相手が誰なのかを知らないまま決めるのは、もったいない。 相手が分かっていないと、続ける判断も、渡す判断も、材料が足りません。

軽いものから並べます。

  1. 買い手が探しているもの — いまどんな条件の会社に打診が来ているかを、業種別に見られます。読むだけです
  2. 承継準備チェックリスト — 資格者・許可・取引先の依存度を21項目で確認します。印刷して社内でお使いいただけます
  3. 企業価値の目安を診断する — 第1回と同じ計算を、入力しながら試せます。入力内容は送信されません
  4. 相談する — 「うちを欲しがる相手はどの類型か」の確認だけでも結構です

あわせて読むなら、電気工事会社の事業承継とM&Aと、私たちがどの立場で関与するかを書いた利益相反に関する方針を。実際に相手に当たり始めるとき何が起きるかは電話を1本かけた時点で、あなたはいくつの義務を負いますか、借入を抱えたまま話を進める場合は借入5,000万円の会社は、売れますへ。

参照した一次資料

記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。

この記事について、よくいただく質問


赤字の会社でも、買い手はつきますか。
つくことがあります。買い手は赤字という結果ではなく、赤字の理由を見ます。人と資格と許可が揃っているのに赤字なのであれば、それは受注単価や間接費の問題であって、買い手側の元請機能や管理部門に載せ替えれば解消しうると判断されることがあります。逆に、人が抜けたことによる赤字は、買い手にとっても直せません。同じ赤字でも扱いがまったく違います。
どの類型の買い手が、いちばん高い値段をつけますか。
一概には言えません。相手にとって足りないものを埋める会社が高く評価します。エリアを埋めたい同業が高いこともあれば、川下の施工機能が欲しい商社が高いこともあります。ただ、私たちは金額だけで相手を選ぶことをおすすめしていません。従業員の処遇、屋号の存続、社長の残留期間は、あとから変えられないためです。この点の考え方は利益相反の方針にも書いています。
従業員に知られずに買い手を探すことはできますか。
できます。社名を伏せた資料(ノンネームシート)で打診するのが実務上の標準です。ただし電設インフラは業界が狭く、エリアと業種と規模の3つが揃うと推測されることがあります。だから打診先は数を撒かず、あらかじめ絞ります。どこまで開示するかは着手前に決めておくべき事項です。

2026年7月26日/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)

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「今は続けたほうがいい」とお伝えすることもあります。

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