盤メーカーの値打ちは設備ではなく「図面を描ける人」にある
配電盤・制御盤のメーカーを譲渡するとき、買い手が工場を見に来ます。
ただ、彼らが本当に確かめたいのは設備ではありません。
「この図面を描いたのは、誰ですか」
これです。
この業種の価値は、人に集中している
盤製造は受注生産です。同じものを大量に作る商売ではないので、規模の経済が働きにくい。設備を増やしても、それを使いこなす人がいなければ受注は増えません。
そして盤の設計は、簡単に代わりが利く仕事ではありません。
- 単線結線図を読む
- シーケンスを組む
- 部材を選定する
- 収まりを決める
- 客先の要求と法規の両方を満たす
これを一人で通してできる人が、社内に何人いるか。そしてその人たちが何歳か。それがそのまま企業価値です。
公的な審査事典も、同じことを言っている
これは私たちの主観ではありません。
金融機関の与信判断で使われる『第14次業種別審査事典』は、配電盤・電力制御装置製造業の事業性評価の着眼点として、こう記載しています。
見込客となりうるゼネコン・ハウスメーカー等建設業者、電気工事事業者、設備機器メーカー等、あるいは部材メーカー、キャビネットメーカー等とのチャネルを豊富に有しているかが着眼点となりうる
つまり、図面を出してくれる取引先をどれだけ持っているかが評価軸だと明記されているわけです。設備でも土地でもありません。
同事典はまた、受注から入金までに時間を要するため、黒字倒産のリスクにも注意すべきだと指摘しています。
業界の構造
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 配電盤・電力制御装置製造業の事業所数 | 2,234事業所 |
| うち従業者20人未満 | 65.0% |
| 内訳 | 4〜9人が38.2%、10〜19人が26.8% |
| JSIA(日本配電制御システム工業会)正会員 | 352社 |
(事業所数は工業統計、従業者4人以上)
3社に2社が20人未満という、極端に小規模な業界です。設計者が1〜2名という会社が普通にあります。
「後継者がいない」ではなく「設計者がいない」
ここが、他の建設・設備系の業種と決定的に違うところです。
帝国データバンクの2025年調査によると、製造業の後継者不在率は42.4%で、全業種で最も低い水準です。建設業の57.3%とは15ポイント近い差があります。
つまり盤メーカーでは、「後継者がいないから売る」というケースは相対的に少ない。
代わりに多いのが、こういうご相談です。
息子は継ぐと言っている。でも、盤を設計できるのは自分と、あと1人の職人だけ。その職人も来年で65になる。受注はあるのに、応えられなくなってきた。
これは売却の相談というより、設計力をどう確保するかの相談です。
会社を売る以外に、設計力を持つ相手と資本提携して人を融通し合うという道もあります。
買い手から見た評価ポイント
設計者の人数と年齢構成
3名以上いれば、1人抜けても回ります。1名(社長のみ)だと、その方の退職が事業の停止を意味します。
図面資産が引き継げる状態にあるか
過去の図面がデータ化され、検索できる状態にあるか。それとも特定の設計者の頭の中にあるか。ここで譲渡後の再現性が大きく変わります。
納入チャネルの多様性
電気工事業者、ゼネコン、設備機器メーカー、部材メーカー。3種類以上のチャネルを持っていると、受注の安定性が高く評価されます。1種類に集中していると、その取引先の方針転換で一気に売上が飛びます。
JSIA優良工場認定・ISO9001
品質管理体制の第三者証明です。特に大手需要家や公共案件向けの受注資格に関わります。取得に時間がかかるため、「買うほうが早い」という判断が働きます。
案件別の原価が出せるか
受注生産なので、案件ごとに利益率が違います。どの種類の盤が儲かっていて、どれが赤字かを説明できるかどうかで、数字の信頼性が決まります。
買っているのは、実は電材商社
盤メーカーの買い手として最も現実的なのは、資材を納めている側です。
公表されている事例として、
- 藤井産業(北関東の電気機器専門商社)が、サンユウ(産業機械の電気設備工事、制御盤・分電盤の設計製作)の全株式を取得し子会社化(2018年12月)
- 因幡電機産業が山根電業社の全株式を取得(2021年7月)
といったものがあります。商流が既にあるため統合が進めやすく、商社側にとっては付加価値を上げる手になります。
※ いずれも公表情報に基づく業界動向の紹介であり、当社が関与した案件ではありません。
許認可がないからこそ、証明が要る
盤製造そのものには、建設業許可のような参入規制がありません。
これは裏を返すと、こうなります。
買い手から見た参入障壁は「設計できる人」「取引チャネル」「品質の証明」しかない。だから、そこを持っている会社は買う理由になります。
だから、許認可がある業種以上に、この3つを文書として整理しておく必要があります。JSIA優良工場認定、ISO9001、主要納入先との取引年数、設計者の資格と経験年数。目に見えない資産を、目に見える形にする作業です。
なお、盤の据付・結線まで自社で行っている場合は、電気工事業法上の登録や建設業許可(電気工事業)が必要になります。「製造業のつもりでいたら工事業も兼ねていた」という整理漏れが起きやすい領域なので、売上を製造と工事に分解して確認しておくことをお勧めします。
資材を納めてきた側から見ています
私たちは電設資材の商社です。盤メーカーには部材を納める立場で、長年お付き合いしてきました。
どのメーカーのどの部材を使っているか、どこから図面が来ているか、どういう盤を得意としているか。取引を通じて見えることがあります。
決算書の数字だけを見て評価する相手とは、そこが違うと思っています。
参照した一次資料
よくあるご質問
後継者はいます。それでもM&Aを考える意味はありますか。
工場や設備は評価されないのですか。
赤字の年があります。売れますか。
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)